Historic sites - 波の上史跡めぐり

波の上史跡めぐり
  • 久米孔子廟 - くめこうしびょう
  • 護国寺 - ごこくじ
  • 旭ヶ丘公園 - あさひがおかこうえん
  • 波上宮 - なみのうえぐう

久米孔子廟

中国から来た神々

中国から来た神々

護国寺の隣にある廟。1932年に明の洪武帝より琉球王国に下賜されたとされる閩人(現在の福建省付近の中国人)の職能集団、いわゆる「久米三十六姓」が来流した際に神像を持ってきて祀ったのが始まりです。ここには、本殿である、孔子を祀った「大成殿」、航海安全の神”媽祖”を祀った「天妃宮」、三国志の英雄関羽を祀った関帝廟、龍王殿gある「天尊廟」など、儒教・道教・仏教と中国と関わりの深い神々が祀られています。

大成殿

大成殿

至聖廟の本殿で、学問の神様といわれ、「論語」を著わし儒教の教えを説いた孔子を中心に四配(顔子、曹子、子思、孟子)を祀った場所。1610年に蔡堅が中国に派遣された際に、孔子の絵を購入し輪番で祀ったのが始まり。

天妃宮

天妃宮

航海安全の神"媽祖"を祀る廟。(天妃は媽祖の尊号)
永楽年間(1402〜24)にまず上天妃宮が造られ、その後下天妃宮が造られた。

天尊廟

天尊廟

国を守り、民を助ける道教の神を祀ってある。廟内には義に生きた関羽が「関帝王」と称され、水を治める神である「龍王」とともに祀られている。

関帝廟

関帝廟

三国志の英雄関羽を祀った廟。天妃宮に併設されていたが、明治のころ天尊廟に神像が移された。単に武神だけではなく財神や商売繁盛の神として考えられている。仏教では寺の守り神や護法神としてもあがめられている。

龍王殿

龍王殿

龍王を祀った祠。仲三重城にあったが、上天妃宮に移された。天に上り雨を降らせる力を持つ。仏教で仏法を護持する八武衆の一人とされている。

蔡温具志頭親方文若頌徳碑

蔡温具志頭親方文若頌徳碑

さいおんぐしちゃんうぇーかたぶんじゃくしょうとくひ

久米村出身の三司官。沖縄の産業に貢献し尚敬王の教師役も勤めた。

程順則名護親方寵文頌徳碑

程順則名護親方寵文頌徳碑

ていじゅんそくなぐうぇーかたちょうぶんしょうとくひ

学問好きで中国にも何度も渡り、道徳の書「六諭衍義」を持ち帰り広めた。沖縄発の学校「明倫堂」を建てた。

護国寺

沖縄で最も古い寺院

沖縄で最も古い寺院

護国寺は、高野山真言宗の寺院で、山号を「波上山」といい、奥に位置する波上宮の神宮寺で、察度王時代(1350〜1395)に建立されたと伝わっており、現在まで存続している寺院としては、沖縄で最も古いと言われています。
琉球王朝時代には、国家鎮守の祈願所で、国王も祈願に訪れたとされ、幕末の頃には外国人の接待所としても使われました。

仲地紀仁・顕彰碑

仲地紀仁・顕彰碑

至聖廟の本殿で、学問の神様といわれ、「論語」を著わし儒教の教えを説いた孔子を中心に四配(顔子、曹子、子思、孟子)を祀った場所。1610年に蔡堅が中国に派遣された際に、孔子の絵を購入し輪番で祀ったのが始まり。

ベッテルハイム記念碑

ベッテルハイム記念碑

イギリスの宣教師。1846年から8年間琉球に滞在し、王府の妨害のなか、キリスト教の布教につとめた。
滞在中に人民に医療をほどこし、種痘の技術を伝えた。
ウチナーグチも堪能で聖書を琉球語に訳した。
俗にナンミンノガンチョーと呼ばれた。

台湾遭害者の墓

台湾遭害者の墓

1871年(明治4年)、69人を乗せた、琉球の貢納船(宮古島から首里へ租税を運ぶ船)が嵐にあい、台湾の南部に漂着した。上陸後島をさまよい、原住民のパイワン族の村に迷い込み救われたが、言葉の行き違いから54人が首を狩られ殺された。
王府はただの遭害事件としてかたづけようとしたが、明治政府はこれを利用し、台湾に出兵し、現地の住民を征伐した。
明治政府の発の海外出兵に利用されたのである。

旭ヶ丘公園

記念碑が多く、沖縄の歴史がいろいろ

記念碑が多く、沖縄の歴史がいろいろ

もとはセーコージ山といった。近くの洪済寺があったことから、コーセージがなまってついたとも言われる。現在、旭ヶ丘公園として整備され、慰霊碑や顕彰碑が数多く建てられています。すぐ目の前には、那覇市唯一のビーチ「波の上ビーチ」があり、シーソーや滑り台などの遊び場もあって、一番高い所は約20mあり、展望台として辻町一帯や那覇港、泊大橋方面を見渡せます。

謝名親方利山顕彰碑

謝名親方利山顕彰碑

じゃなうぇーかたりざんけんしょうひ

薩摩の琉球侵入時に抗戦を貫いた、不屈の三司官謝名親方を称えた碑。

謝名親方

謝名 利山(じゃな りざん、嘉靖28年(1549年/天文18年) – 万暦39年9月19日(1611年10月24日/慶長15年))は、琉球王国の政治家。謝名親方(じゃなうぇーかた)の呼び方で一般に知られる。

琉球箏曲顕彰碑

琉球箏曲顕彰碑

そうきょくけんそうひ

戦争中に沈められた民間疎開船の慰霊のためにつくられた像。

野村流始祖先師顕彰碑

野村流始祖先師顕彰碑

沖縄の三線音楽の流派「野村流」の始祖・野村安趙をはじめとして業績をあげた人たちの名前と功績が刻まれている。

対馬丸記念館

対馬丸記念館

戦争中に沈められた学童疎開船「対馬丸」に関する資料館。

波上宮

堂々たる琉球八社の筆頭

堂々たる琉球八社の筆頭

波上宮は那覇港を除む断崖の上にある神社。
琉球王であった察度王(1321−1395)の頃に創られたといわれていますが創建年は不明。ナンミン(ナンミー)の名前で県民に親しまれています。
琉球王国時代は琉球八社の筆頭でした。
1830年(明治23年)には沖縄県で唯一の国の神社(官弊社)のうち小社格になりました。
海上交通・豊漁などの守護神としての御神威が高く、また近年は厄除け・安産・家内安全・商売繁盛など諸願成就の神として厚く信仰されています。お正月三が日には約15万人の参拝者が訪れます。

沖縄医生教習所・記念碑(波上宮境内)

沖縄医生教習所・記念碑(波上宮境内)

沖縄最初の西洋医学教育機関。
1885年に「沖縄県医院付属医学講習所」として設置され、1889年に「付属医生教習所」に改称し、1912年の廃止までに565名が在学し、172名が医師の資格を取得し、沖縄の医療・経済界で活躍された方も多く、沖縄の人材育成にも大きな役割を果たした。